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つきのこども/あぶく。

おはなしにならないことごと。

連作・そしてまた夜は(アンソロジー・人は死んだら電柱になる 寄稿作品)

うた 企画 断片

 

 2014年夏コミ頒布開始「人は死んだら電柱になる」アンソロジーへの提出作品です。アンソロジーは現在は頒布終了 、国会図書館に納入されています。詳細は以下から。

人は死んだら電柱になる | アンソロジー告知サイト

 

掲載当時はレイアウトも各自で自由に決められることとなっていたため、散文と短歌の間にページの切れ目が入るよう調整していました。今回、web再録にあたり、一部加筆修正と合わせ演出を変えています。

47名と大人数のアンソロジーでしたが、いろんな作品があって面白かったです。

主催の遠すぎる未来団の皆さま、その節は有難うございました。

 

 

そしてまた夜は

 

もう夜が来るねと告げる灯の中を遡りつつ向かう夕焼け

 

輪郭が滲みはじめるここからは送電線をひとりで辿る

 

いずれくる弔いのため体内に茂らせている青白い花

 

   日本の電柱の数は三三二一万一九六五本( 二〇一一年三月三十一日時点での集計)。
   前年度よりも、五万一三七六本増えている。
               (電線のない街づくり支援ネットワークの記事による)


死んだ人がいたということ忘れ去り街はすっかり明るい夜だ


こんなゆめみたんだよって窓越しの電柱に言う(頷いている)

 

 

   布団の中で冷たくなっている恋人を見付けて最初にしたのは、ポケットから携帯端末を取り出すことだった。
   いずれこうなることは随分前から分かっていたので、端末にはいくつか連絡先を登録してあった。死亡届を提出するための市役所、安価だが対応は悪くないと聞いている葬儀会社、そして、電柱会社。部屋の中は電波の状況が良くないので、市役所の番号を呼び出しながら私は部屋を出た。
   恋人がいずれ死ぬことは知っていた。
   医者にも、本人にも、そう言われていた。冷静で確信を込めた声で、何度も何度も。けれど恋人の顔色も瞳の色も以前と変わらぬままだったので、本当のところ私はちっとも信じてはいなかったのだった。
   私が住んでいるのはアパートの二階で、道路に下りるための金属製の階段は建物同様、赤茶けた色をしている。材質のせいなのか、階段を一足踏み出すごとに足音は大きく響いて、部屋の中でも聞こえるほどだ。足音が大きすぎないよう、いつも通りの歩調を意識しながら道路に下りて、私は電柱スポットへ向かった。アパートから数分歩いたところには五人兄弟とその家族が住む家があって、その家の回りには電柱が三百六十度、ぐるりと取り囲むように立てられているので、私はそこを電柱スポットと呼んでいる。
   電柱の多いエリアにいると携帯端末の通信状況が良くなる気がするので、私はいつもそうしている。もっとも、実際にはそんなことをしても何の意味も無いらしいのだが。
   一番近くにある細い電柱の下で、私は恋人が死んだことを告げる。市役所と電柱会社への連絡はすぐに終わり、次に葬儀会社へ電話する。ご愁傷様です。高めの声をした女性はお悔やみを述べた後、すぐにスタッフを寄越しますと滑らかな口調で告げた。
「ところで、電柱会社への連絡は」
   もう終えています、そう言うと、女性はそれは良かったですと相槌を打った。こういうのは動転して、忘れてしまう人が多いんですよ。そうなんですか。しっかりものの良い子だと褒められたようで、私はとても気分が良くなる。


   やってきた葬儀会社の人との打ち合わせはあっという間に終わり、恋人は白木の棺に入れられ、部屋の中には祭壇がしつらえられた。
   恋人の寝ていた布団の敷かれていた場所にしつらえられたそれは座卓と同じくらいの高さで、左右には葬儀会社の人が持ってきた花が飾られている。住んでいる部屋が狭いこともあり、祭壇は部屋のどこにいても見える。
   正確には、視界に入るのは花ばかりだ。造花でできた白い花束はつるりとした陶器の壺に活けられている。香りは無いのにしっとりとした湿度を持って見えるそれは祭壇の倍ほどの高さで四方八方を見渡し、かつてそこで眠っていた恋人などよりよほど存在感を放っている。
   食事を取り、風呂に入る。念のため鉛筆で下書きしておいた死亡届もボールペンで清書し終わってとっぷり暗い部屋の中、私はぼんやり座り込む。周囲に電柱の立っていないこのアパートではテレビもパソコンも部屋の明かりもろくに使えないので、日が暮れると空と同じ速度で暗くなってしまうのだ。
   そうだ、眠らなければ。
   そう気付いて、でも一体どこに布団を敷こうかと考える。
   結局いつも通りの場所、祭壇の横に布団を敷いて眠ることにする。空調を切った部屋の中では背の高い花が耳慣れぬ物音を立てることも無く、すぐに私は眠ってしまう。

 

   翌日 、葬儀会社のスタッフと僧侶がやってくる。
   遺体は電柱会社にできるだけ早く渡す必要があるので、通夜と葬儀は速やかに行う必要があった。促されるまま僧侶の後ろに座り、経文を聞きながら慣れぬ手つきで弔いの儀式をなぞる。そのままぼんやりしていると、いつの間にか恋人の入っている白木の棺を、葬儀会社の人が担ぎ出そうとしていた。
「せ え、の」
「あ、右後ろ気をつけてー」
   男性社員が二人、声を掛けあいながら持ち上げる。棺の前方を持って後ろ向きに歩くのが若いスタッフ、後方を持つのが年配のスタッフで、その前を僧侶がゆっくり進む。アパートの廊下は狭く、曲がるのには少し苦労する。金属製の階段をがちゃがちゃと下りた先の道路には電柱会社の大きな黒い車が、後ろの扉をぽっかり開けて待っていた。開いたその中は暗闇で、スライドに乗せられた白木の棺はその中にまっすぐ吸い込まれていく。
「あれって、どれくらい掛かるんでしょう」
「あ、それはですねえ」
   東へ走り去っていく車を見送りながら呟くと、年配のスタッフがどこからか薄い緑のパンフレットを取り出した。こちらへぬっと伸びた太い指が矢印で繋がれたイラストを一つずつ、順を追って指していく。これで燃やさないとね、必要な成分が取り出せないんです。それで取り出したものを機械に入れて、薬剤を入れて、それで、こうなって。
「まあ、あっという間ですよ」
   淡々と言うそのスタッフはごま塩頭の丸い顔をしていて、言葉と同時に黒い両目がきゅっとこちらを覗き込む。とんでもなく先に思えるかも知れませんが、本当に、あっという間ですから。
「ああそうだ、お寿司持ってきましたから、良かったら食べてください」
「お寿司 、ですか」
「うちのお通夜のお寿司、結構いいところのやつなんですよ、ねえ?」
「セット料金に含まれてる分なんで」
   横から早口でいう若い社員に、私ははあと頷く。せっかくの好意だが、しかし食欲は全くと言っていいほど無かった。
   振り返り振り返りお辞儀をしながら、葬儀会社の人たちは会社専用の緑のヴァンに乗って去っていく。もう夕方だったので、緑のヴァンは丁度、丸いオレンジ色の夕日の中へ飲み込まれていくようにも見える。
   ひとつ。
   押しつけられた重い袋を腕に抱えたまま、胸の内側でそっと私は呟いた。

 

   葬儀も終わってしまって家の中は少しだけ広くなった気もしたけれど、それも暫くしたら慣れてしまった。
   恋人はもとより余りものを持たない人だったので何を処分するということも無く( それでも数か月の間、集積所に出すゴミはいつもより多くなった)、私の生活はそれまでと変わらない。
   朝起きて、家を出て、町で働いて、夜になったら帰って眠る。丁度仕事の忙しい時期に差し掛かろうとしている頃だったので、私の帰宅時間はどんどん遅くなっていった。
   町は、歪んだ円形をしている。
   大通りを照らす、電柱に吊るされた明かりはみんな球形の器に閉じ込められて、それを内側から照らす光は貝の裏を照らしたような色をしている。中心に行くほど町は明るく、仕事からの帰り道、郊外へ近づくほど、明かりはどんどん減っていく。昔々、この町に大きな星が落ちて、その時に死んだ人たちの電柱はみんな、大きなビルの周りや繁華街、会社やビルやゲームセンター、カラオケボックスなどを取り囲むように立てられた。この町は電柱を頼りに大きくなっていったのだ。
   東の郊外へ向かう線路はまっすぐで、一番後ろの一番端の席に私は座る。横を向くと線路の向こう、淡い虹色を帯び始めた町の上空に日が沈んでいく。ひとつ、と私は数える。
   ごとごとと列車が揺れる。
   だけど一体、あれから何日経っただろう。
   日が沈み、東へ行けば行くほど窓の景色は暗くなり、私は前を向く。本当は恋人と一緒に住んでいたなんて、そうして死んでしまったなんて全部夢だったのではないだろうか。
   そう思うたびに蘇る記憶はけれど、例えば恋人の眉の角度や唇の形、指の関節の皺や声の響き、交わした言葉といった具体のものではなく、恋人といた時の私に静かに満ちていた何か、二人の間にあった仄かな気配の残滓ばかりなのだった。窓の外はもう真っ暗と言っても良いほどで、目をこらせば遠くの方にようやく、ぽつりぽつりと星のように、小さな明かりが見える。
   ひとつ。
   ふたつ。
   郊外に住む者の多くは一人暮らしだ。自分を含め、家族も親戚も持たない者達の多くは、それ故に住まいの回りに電柱を持たない。時折、自分の家族の電柱になることを嫌がる人がいて、そういう人が生前の名前も何もかも捨てて、郊外の白い電柱になる。遠隔地の電柱になると家族に補助金が出るらしく、宣伝チラシは町のあちこちに貼られていた。
   みっつ。よっつ。
   全部で幾つかもうわからない、それでも私は数え続ける。
   列車が揺れる。
   遠い遠い、まだ回りに電柱の一本も立っていないような遠い場所にぽつりと、一つだけ
明かりを点す電柱を私は思い浮かべる。明かりの回りには羽虫が飛び交い、火花のようなその音が、夜の間ずっと響いているのだ。

 

   ある日、仕事場から帰ってくると、アパートの前に電柱が立っていた。
「お仕事お疲れさまです」
   声に振り向くとごま塩頭の老人と目が合った。あれと首を傾げるより早く、彼はもう一度、にこにこ笑ってお疲れさまですと繰り返した。ほら出来ました、立派なもんでしょう。
   右腕を斜め上空に上げながら告げるその横顔は蜜柑のように頬のあちこちに皺が寄っていて、私はようやくその人が誰かを思い出す。電柱会社の人だ。前に会った時は喪服姿だったが、今日は緑のジャージを着ているので分からなかった。

「………ここに建てることになってたんですか」
「そうですよ、ご存じなかったんですか?」

   新しい電柱は真っ白で、町の大通りの明かりと同じ、丸い明かりを吊している。丸い夕日もとうに沈んで、明りの淡い虹色が、電柱の白い肌にちらちらと映る。ずいぶんずいぶん明るくなったでしょう。そういって彼は自慢げに胸を張った。そうですね。でも。呟きに老人が不思議そうに首を傾げた。
「わたし、どの位待っていたんでしたっけ」
「そうですねえ、百年くらいですか」
「ひゃくねん」
   繰り返せばそうそう、と相槌が返った。
「もう百年、経ったんですか」
「そうですよ、あっという間だったでしょう?」
   そうなのだろうか。
   虹色の明かりを私は見上げた。古い赤茶けたアパート前、丁度私が住む部屋の窓から正面の位置に据えられた電柱は、まるでそれ自体が光っているようだった。
「あっ、そうだ! 」
   ふいに彼が声を上げる。うちのお寿司、美味しかったでしょう? 話の展開が見えぬまま私が曖昧に頷くと、彼はちょっと待っててくださいねと言ってこれまた見慣れた緑のヴァンの方へ小走りに向かい、すぐにまた戻ってきた。
「今日別のところでお葬式があったんですけど、若いのが休暇を取っててねえ」
   もったいないし、食べませんか。丸い黒い瞳が私をじっとのぞき込み、ありがとうございますとしか私は応えられない。
「ね、 待ってて良かったでしょう」
   そう言ってじっと見上げる皺だらけの顔には、虹の欠片が幾つも揺れている。貝の色、
と私は思う。私の髪や腕にも降り注ぐ、貝細工の色。私は海を見たことは無いけれど、海にはこんな光がどこまでも満ちているのだろうか。太い緑色の腕が差し出すそれを、無言で私は受け取った。百年前と、同じように。
   そうか、私は待っていたのか。
   だけど私は、とてもさみしい。


   袋はずっしり重くて、プラスチックの透明なパックが幾つも重なって入れられている。
袋を覗き込みながら、温かいものが欲しいなと私は思う。お腹の底から温まるような、そういうもの。パックの中には長い巻き寿司が一つずつ、その中には魚や卵がたくさんたくさん、入っている。

 

 

            (そんな夢を見た)

 

 

叩くたび卵の殻に入るひびもうこの声に意味の無いこと


感情が流れ去るのを見送って水の入った器を透かす

 

      日本の総人口は一億二七七九万九千人(総務省人口推計、二〇一一年十月一日時点)。
      前年度よりも、二十五万九千人減っている。

 

トランプ・タワー組み立ててゆくスピードで重なってゆく手、手、手、手、

 

      二〇一一年に増加した日本の電柱の本数は日本の総人口減少分の約五分の一にあたる。
   (勿論、この二つの数字にはもともと何の関連性も無いが)
      窓の外に、電柱は昨夜と同じように立ち続けている。

 

交差する電線の下目を覚ます私のための何らかの加護


沈黙に漂白された何千の言葉で今日も空が見えない

 

      あれは本当に、夢だったのだろうか。

 

液晶の明りで照らす暗闇がまだ冷たいと擦る指先

 

                  (そんな、ゆめを、)

 

 


前世では恋人だった電柱に預ける背中やはり冷たい