つきのこども/あぶく。

おはなしにならないことごと。

とあるキャプション (短歌の超短編)

 さて、次にご覧頂くのはこちら、初代館長の記憶です。ロビー中央に立つ等身大ホログラフはご覧になられましたか? 髭を長く生やした、ええあれがそうです。
 死者の記憶の保存技術を開発した初代館長Tは、自らにはその技術を用いず遺体を完全焼却するよう、ストリーミング3時間分の遺書を遺しました。が、当時彼の部下であった私の上司はこれに従うことをしませんでした。理由ですか? いえ、聞いたことはありませんね。ともあれ、上司の奮闘にもかかわらず、初代館長から抽出できた記憶は結局この鍵一つだけでした。鍵に合う錠前とその中身については現在も調査中です。
 噂は、幾つもあります。自らの記憶を誰にも見せぬよう、新技術を開発した彼はこの鍵に合う錠前の掛かった箱の中にそれを閉じ込めたのだという者。愛する妻への言葉を閉じ込めたのだという者。世界への絶望を閉じ込めたのだという者。本当はこの世界こそが、彼の遺した記憶なのだという者。いろいろです。

 ……私ですか? 私としては、何とも。
 我々の創造主が滅びて既に百年、けれど当館に収められた彼らの記憶は私の目には全て、美しいフラクタルとして映るばかりです。近付いて、じっくりご覧ください。

 

 

  美術館館長Tが遺したる小さな鍵についての話  / 石川美南

 

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小野塚力賞でした。ありがとうございました。

星新一の「鍵」という話を思い出したといわれ、調べてみてなるほど、となりました。

ちなみに。お題として出た短歌は5つあったのですが、この短歌をお題にしたお話が一番多かったそうです。

山羊の木さんの活版トークも面白かったです。

 

賞を取った方以外の作品はいずれフリーペーパーに掲載されるのだと思いますが、それ以外だと荒悠平さんの「同窓会入院」、はやみかつとしさんの「Table of contents」が個人的には好みでした。

月下桜さんのお話が複数の短歌のお話を書きつつ、それぞれ内容がリンクしているぽいのも面白かったです。