第三十回歌壇賞に出した短歌連作「草の心臓」(30首)の再録です。
当該連作は『歌壇』2019年2月号に全首掲載されました。
連作はアイルランドの民謡などをモチーフにしているのですが、この度、当該連作について、日本アイルランド協会会報第106号の佐藤亨教授(協会長)の文章において引用、言及頂いていると教えていただきました。有難うございます。
「草の心臓」は佳作とはいえ選考で委員の方から評をいただき大変有難く思った一方、連作や歌としての強度とは別に、私自身の知識や認識不足のためにアイルランドという国やその国で使われている言語への事実誤認やある種偏見の混じった内容になってはいなかったかと、後々振り返っては不安になっていた連作でもありました。
ですので今回、アイルランドをご専門とし、各モチーフもご存じの方から拙作について言及頂けたことにはとてもびっくりしましたし、これまでの不安を救っていただいたような気持ちです。
(佐藤教授には私家版歌集までお求めいただいたようです。過分な言葉をいただき大変ありがたく、また恐縮しております)
佐藤様、真鍋様、また教えてくださった鈴木様、有難うございました。
草の心臓 穂崎円
断崖に吹きくる風の言語ゆゑただしき話者をもたぬゲイル語
音楽の三分類に子守唄と悲歌とぞありぬ白霧つめたし
冬の雨ほそくほそく降り根菜は同族同士擦りて洗へ
Siuilとは「行け」とふ意味やたましひの歯の隙間より漏れいづるごと
人体に洞などありてバウロンの低き打音に水面を揺らす
カナ振れるペンとはつまり簒奪か二重母音とふ
訳されてはじめて吾と目を合はすペチコート血に染めたる娘
朝もやに濡れて冷たき銀いろの鈴の音ひとつふるへて離りぬ
こひびとを喪ふうたのあらかじめ喪ふことをしつてたやうな
つぎつぎに芽を抉られて掌のまろきじゃが芋しろく黙せり
Siuil a run. 青草踏めば青草のにほひの真水弾けては消ゆ
追憶の・鎮魂の・死者の・人生の・定型はみな生者の仕草
でもヒトは死ぬまで呼吸するのだからリフレインとは安易な叙情
まして戦死者ならば真白な羽であらうどの海鳥も魂の比喩
頬の肉激しく揺らし喰らふべし香草、肉塊、子音に母音
ぐわぐわと水を煮る鍋見下ろせばひとり丘にぞ立ちたる心地
理解とはひび割れのこと見せ消ちのサイレンたかく曇天に鳴る
うたふとき口腔暗く光りたりどんな死者にも翼など無い
角笛のやうに逆光射しくればどの人影も羊となりぬ
民草とふ言葉もありてそよぐのは草の心臓、もがける腕
差し出せば両のてのひら湿らせる死者の名前のごとく流水
旋律は息の痕跡 丘陵に昼間も真夜も草は砕けつ
パセリ・セージ……大義を持たぬ戦争の副旋律ゆゑうたはなほ美し
汲み上げては回る水車のからくりが吾にしづかな息吐かせたり
聞けといふ呪ひのためにいまはもう金属製の木管楽器
注ぐほどに歌のことばは軽くなる洗ひざらしの木綿のやうに
旧仮名はいまだ知らざる発音の美しき日本の柳の青葉
死者の土とかつて詩人の譬へたる芋の真白へ黄金のバターを
うつくしき仕掛け絵本を閉じるごとハープの弦のふるへに触れつ