於東京駅弘済会
昭和二十二年三月二十八日 春雨の中に購ふ。
句集「春」買ふて濡れゆく家路かな / 柳白塘
(現代俳句叢書1 句集「春」(日野草城)末尾の書込み)
※
うつくしい冬への扉あけはなつ話すことなどなんにもなくて
訪うや把手冷たきワンルーム
夕焼けがはんぶん以上を占める窓ここでは雲は都心からくる
ビル街に蝕はじまりし春の月
桜貝掌にうつくしと見て受くる
(そんなやさしい目をしてたのか)思い出はなんどもなんども上書きできて
雨去って籐椅子に来る海の風
にんげんに聞こえぬ声もあまたあり空いっぱいに響く心音
世紀末近き星空雪柳
夏の昼 死体がないか目を凝らしすぐに見慣れた暗がりのこと
手花火に恐れ隠さぬ子のありし
火傷するために伸ばした手のように文字だけは残る(なにも残らぬ)
詩をつくることも夜業や灯を寄せて
沈黙の重さ言葉の重さとを果実のように割れなくて手は
戦友と呼ばれ背広に秋暑し
花火消えホームに暗き空残る
かつて火が本を燃やしていたことの 真夜、風の音を確かめている
薬草も毒草もみな草紅葉
糸を切る。そしてまた切るまぼろしのマグカップのなか香る珈琲
つかむほどたどるほどには長くないあなたの言葉はこうして追える
着いてすぐ出てゆく船や夏の月
白い船浮かべるように空を見るもう少しだけ声を聴きたい
※連作の俳句は全て柳白塘による。
柳白塘:京都生まれ。「風花」同人。2001年没。