(――「月」の軌道をごゆつくりお楽しみください。)
(三日月の光に首を差し出してただくちづけを待つてたおまへ)
おまへ、三日月、こんな朧なこの夢はいつのおまへの償ひのため
鳥、おまへ、三日月、クルス、王冠の光は強い(なくしたからね)
ただおまへ、三日月だけはむかしから好きだつたろと櫛は流れる
遠ざかるおまへ、三日月 引力は手放すことを知つてるちから
「ねえだけどおまへ、三日月なんてのは光つてるのはみな嘘だから 」
さびしさや悪夢はおまへ、三日月のせいだよと告げひびく寿歌
香木はみな灰となりそらおまへ、三日月がほろほろ(それが海だよ)
満ち欠けの原理も知つていておまへ、三日月だけは満ちないと言ふ
壊れたらそのとき声をあげるだらうおまへ、三日月、シャーレ、カナリア
眼球は冷たい沙漠まばたきをするたびおまへ、三日月みたい
錆びついた金属線が足首に絡むのだらうおまへ、三日月
銅みたく光つちやいるがほんたうは死人の顔のおまへ、三日月
逆光の位置からいつもほんたうを告げくるおまへ、三日月きよら
ないないと子どものやうに呼んでいたおまへ、三日月、千年の嘘
バスタオルに濡れ髪包まれたらおまへ、三日月なんて見ない約束
みづかがみ砕き続けてねえおまへ、三日月がいつまでも死なない
(いづれの御時にか)おまへ、三日月、 あとはなんにも残らぬ記録
(そのときはおまへ、三日月、連れだつてそのまま二度と帰らぬだらう)
水銀灯、おまへ、三日月、春の夜 ましろい花がかすかに匂ふ
いつかおまへ、三日月に虹のかかるころ会へるだらうか傘さしながら
火はおまへ、三日月はもうゐないひと。さうして長い夜だけがある。
おまへ、三日月、同じ速さで歩く夜 両の手のひらからつぽのまま
おまへ、三日月、その眩しさを塗りつぶす遠い嵐を待ちわびてゐた
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某所で見かけたオブジェと、ちょっとした思い付きで作った連作。