つきのこども/あぶく。

おはなしにならないことごと。

三日月幻燈(連作24首)


   (――「月」の軌道をごゆつくりお楽しみください。)

  


(三日月の光に首を差し出してただくちづけを待つてたおまへ)

おまへ、三日月、こんな朧なこの夢はいつのおまへの償ひのため 

鳥、おまへ、三日月、クルス、王冠の光は強い(なくしたからね) 

ただおまへ、三日月だけはむかしから好きだつたろと櫛は流れる 

遠ざかるおまへ、三日月 引力は手放すことを知つてるちから

「ねえだけどおまへ、三日月なんてのは光つてるのはみな嘘だから 」

さびしさや悪夢はおまへ、三日月のせいだよと告げひびく寿歌

香木はみな灰となりそらおまへ、三日月がほろほろ(それが海だよ)

満ち欠けの原理も知つていておまへ、三日月だけは満ちないと言ふ

壊れたらそのとき声をあげるだらうおまへ、三日月、シャーレ、カナリア 

眼球は冷たい沙漠まばたきをするたびおまへ、三日月みたい

錆びついた金属線が足首に絡むのだらうおまへ、三日月 

銅みたく光つちやいるがほんたうは死人の顔のおまへ、三日月 

逆光の位置からいつもほんたうを告げくるおまへ、三日月きよら

ないないと子どものやうに呼んでいたおまへ、三日月、千年の嘘 

バスタオルに濡れ髪包まれたらおまへ、三日月なんて見ない約束 

みづかがみ砕き続けてねえおまへ、三日月がいつまでも死なない

(いづれの御時にか)おまへ、三日月、 あとはなんにも残らぬ記録

(そのときはおまへ、三日月、連れだつてそのまま二度と帰らぬだらう)

水銀灯、おまへ、三日月、春の夜 ましろい花がかすかに匂ふ 

いつかおまへ、三日月に虹のかかるころ会へるだらうか傘さしながら 

火はおまへ、三日月はもうゐないひと。さうして長い夜だけがある。

おまへ、三日月、同じ速さで歩く夜 両の手のひらからつぽのまま

おまへ、三日月、その眩しさを塗りつぶす遠い嵐を待ちわびてゐた

 

 

 

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某所で見かけたオブジェと、ちょっとした思い付きで作った連作。