つきのこども/あぶく。

おはなしにならないことごと。

短歌解凍掌編(再録2)

 後世に残るもっとも確実な媒体とは電子データでもなければ紙でもなく、石板に彫られた文字なのではないか。そんなよた話を、昔どこかで聞いた覚えがある。花崗岩や大理石で作られる墓碑は、しかし決して永遠の存在ではない。大理石は酸性を帯びた水に溶けやすく、花崗岩は温度差によってぼろぼろに風化する。篆刻で彫られた墓碑銘はそうして、少しずつ読めなくなっていく。

 あなたがどんな人でどんな一生を送ったか、私は知らない。あなたの墓碑に何が刻まれているのかも。刻まれた文字は古い言葉なので、その道の専門家でもなければ読み解くことはできないだろう。だけどその彫りの深さ、風化の度合いが、文字によって異なることは見て取れる。

 風化とは、風になるということだ。風が、光が、熱が、雨が、おそらく愛なぞ知らぬもの達が、あなたの墓碑に刻まれた言葉を撫で続け、風に変えた。何百年、何千年もの間、ずっと。

 そこに何が刻まれていたか私は知らない。でもきっと、あなたは愛されていたのだと思う。

 

 

 

 

 

 

あるいは愛の詞か知れず篆刻のそこだけかすれゐたる墓碑銘  (中山明)